プロ野球カードを語る

東京ヤクルトスワローズ

 球団別では、一番精力的にカードを集めたのではないだろうか。2012年2月に、最後の“J・レイ”のカードを入手したので、全選手コンプリート完成。ファーストカードについては、2013年1月に最後の選手“パリッシュ”を入手。すべての選手のファーストカードを手に入れることができた。
 私がヤクルトファンになったきっかけというのは、荒木大輔が入団したから。以来30年近くヤクルトを応援している。また、就職する前に、ユマ(米国)へ行って、選手たちの春季キャンプを見に行こうと思ったこともあるぐらい熱心に応援をしている。その時は、会社の事前研修があり、キャンプ見学は行けなかったっけ(その後、沖縄キャンプには行くことができ、念願がかなった)。
 勝負にこだわって応援していた時期は、野村監督の頃。毎試合勝ち負けを自分のカレンダーに書き入れていって一喜一憂していた。
 最近では、強いのも弱いのもヤクルトと言い聞かせて、客観的に試合を見るようにしている。

◆チーム名称の変遷
国鉄スワローズ(1950年 - 1965年途中)
サンケイスワローズ(1965年途中)
サンケイアトムズ(1966年 - 1968年)

アトムズ(1969年)
ヤクルトアトムズ(1970年 - 1973年)
ヤクルトスワローズ(1974年 - 2005年)
東京ヤクルトスワローズ(2006年 - 現在)

◆年代別考察とカード化された選手について
1973年(
松岡弘荒川尭大矢明彦若松勉)〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 チーム名は、ヤクルトアトムズ。セ・リーグでは4位。打撃成績では、トップ10に入った選手はいなかったが、個人投手成績では、安田(1位)、松岡(4位)、浅野(6位)と3名がトップ10入り。
 野球カード初年度は、4名がカード化された。このうち、松岡、若松の2名については、複数枚発行されている。安田はこの年、タイトルを獲得するもカード化は翌年。浅野も74年で初めてカード化された。

◆1 松岡弘
ヤクルト(68〜85)
CARD(73〜84)登場12年

660試合 191勝 190敗 41S 防御率3.33
沢村賞1回 最優秀防御率1回 オールスター8回
▽ヤクルトで、最初にカード化された選手は、この松岡選手。胸のマークは“atoms”で歴史が感じられる。現役の最後の頃の記憶は少しある。あと、9勝で200勝、名球界入りだったのに惜しかった。引退後は、ニッポン放送で野球解説者、ヤクルト投手コーチなどで活躍。特に、ニッポン放送は、私が一番よく聞いてラジオなので、その情熱ある解説ぶりが印象に残っている。

左から
73年 bP92(ファーストカード)
73年 bR07

◆2 荒川尭
大洋(70)−
ヤクルト(71〜75)
CARD(73〜75)登場3年
225試合 195安打 34本塁打 98打点 10盗塁 打率.251
▽荒川事件について触れなくてはならない。大洋からドラフト指名を受けたが拒否。その後、大洋ファンから暴行を受けた。73年、74年は右打者。視力が減退した後は、左打者で再起を図ろうとしたが、うまくいかなかった。

左から
73年 bP93(ファーストカード)
74年 bS7
75年 bV42

◆3 大矢明彦
ヤクルト(70〜85)
CARD(73〜76・78〜81)登場8年
1552試合 1144安打 93本塁打 479打点 41盗塁 打率.245
ベストナイン2回 ゴールデングラブ賞6回 オールスター7回
▽長くレギュラーキャッチャーを任された。弱い時代のヤクルトを支えたひとりである。ただ、ヤクルト退団後は、コーチをすることなく(もっとも、最後の2年間はコーチ兼任)長い期間解説者をしていたが、93年に横浜監督に就任。1年目5位、2年目2位となり、翌年の優勝(監督は権藤)につなげる役割をきっちりと果たした。
 07年、横浜監督就任。ただし、成績は低迷し、09年任期途中に退任。


73年 bP94(ファーストカード)
74年 bP80

◆4 若松勉
ヤクルト(71〜89)
CARD(73〜86)登場14年
2062試合 2173安打 220本塁打 884打点 151盗塁 打率.319
MVP1回 首位打者2回 ベストナイン9回 ゴールデングラブ賞2回 オールスター11回
日本シリーズMVP1回 月間MVP2回 オールスターMVP2回 殿堂入り
▽73年は全部で3種類のカードが発行された。ただ、3種類とも胸のロゴマークが見られないのは残念。
 サインは、監督時代にもらった。多くの報道陣に囲まれている中、勇気を持ってその輪の中に入り、サインをお願いするのは結構勇気がいるね。


左から
73年 bP95(ファーストカード)
73年 bP96
73年 bR06

1974年(松岡弘
若松勉荒川尭、安田猛大矢明彦東条文博船田和英武上四郎浅野啓司)〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 チームは2位。打撃10傑では、若松の5位が最高(.312)。投手成績では、浅野、松岡、西井が、それぞれ、防御率2位、6位、10位。
 この年の初カード化選手は、上記の5名。1年目にカード化された4名も、この年も引き続き発行されている。

◆5 安田猛
ヤクルト(72〜81)
CARD(74〜78)登場5年
358試合 93勝 80敗 17S 防御率3.26
最優秀防御率2回 新人王 オールスター3回

左から
74年 bS8(ファーストカード)
75年 bW30
76年 bP13

◆6 東条文博
南海(65)−
ヤクルト(66〜74)−ロッテ(75)
CARD(74)登場1年
983試合 624安打 10本塁打 138打点 108盗塁 打率.237
盗塁王

74年 bP81(ファーストカード)

◆7 船田和英
巨人(62〜65)−西鉄(66〜71)−
ヤクルト(72〜80)
CARD(74・78)登場2年
1730試合 1281安打 105本塁打 446打点 175盗塁 打率.251
オールスター5回

左から
74年 bP82(ファーストカード)
78年 1978・日本シリーズ 阪急vsヤクルト 第一戦 後楽園

◆8 武上四郎
ヤクルト(67〜75)
CARD(74)登場1年
977試合 891安打 71本塁打 301打点 57盗塁 打率.266
新人王 オールスター4回

74年 bP83(ファーストカード)

◆9 浅野啓司
ヤクルト(67〜76)
−巨人(77〜84)
CARD(74〜76・77・83)登場5年
542試合 86勝 116敗 10S 防御率3.39
カムバック賞 オールスター1回

左から
74年 bS34(ファーストカード)
75年 bT73

1975年(若松勉、松岡弘浅野啓司、
福富邦夫山下慶徳荒川尭、大杉勝男、安田猛、ロジャー・R)〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 この年は、日ハムから大杉が、太平洋からロジャーが移籍してきた。チームは、4位。打撃成績7位、8位にロジャー、若松が並んだ。投手成績では、2位、4位に松岡、安田が入った。
 カードは、9選手が登場し、そのうちの4選手が初登場。

◆10 福富邦夫
ヤクルト(65〜72)
−太平洋(73〜74)−ヤクルト(75〜80)
CARD(73〜74・75〜76)登場4年
1616試合 1086安打 89本塁打 425打点 70盗塁 打率.255
オールスター1回

75年 bU55(ヤクルト移籍後最初のカード)

◆11 山下慶徳
ヤクルト(71〜78)
−南海(79)−ヤクルト(80〜81)
CARD(75〜76)登場2年

855試合 483安打 59本塁打 217打点 44盗塁 打率.237

左から
75年 bU61(ファーストカード)
76年 bU21

◆12 大杉勝男
日ハム(65〜74)−
ヤクルト(75〜83)
CARD(
73〜74・75〜83)登場11年
2235試合 2228安打 486本塁打 1507打点 32盗塁 打率.287
本塁打王2回 打点王2回 最多安打1回 ベストナイン5回 ゴールデングラブ賞1回
オールスター8回 オールスター最優秀選手1回 日本シリーズMVP1回 殿堂入り

左から
75年 bU89(ヤクルト移籍後最初のカード)
75年 bW29

◆13 ロジャー・R
太平洋(73)−
ヤクルト(74〜77)
CARD(75〜76)登場2年

526試合 469安打 122本塁打 290打点 23盗塁 打率.262
ベストナイン1回

左から
75年 bW36(ファーストカード)
76年 bR28
76年 bT06

76年(
C・マニエル杉浦享荒川博)〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 チームは4位。この年は、78年の優勝時活躍したマニエルと杉浦が初めてカード化された。個人打撃成績では、若松の3位が最高。防御率では、松岡、会田が、6位、8位となっている。

◆14 C・マニエル
ヤクルト(76〜78)
−近鉄(79〜80)−ヤクルト(81)
621試合 644安打 189本塁打 491打点 6盗塁 打率.303
MVP1回 本塁打王2回 打点王1回 ベストナイン3回 月間MVP1回

76年 bR99(ファーストカード)

◆15 杉浦享
ヤクルト(71〜93)

1782試合 1434安打 224本塁打 753打点 109盗塁 打率.284
ベストナイン2回 オールスター3回

左から
76年 bS95(ファーストカード)
81年 bP98
82年 bP99

◆16 荒川博
大毎(53〜61)

左から
76年 bS68(ファーストカード)
76年 bT15

77年(おそらく無し)〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 チームは2位。打撃部門では、若松が首位打者。大杉、マニエルが打撃10傑の6位、10位にそれぞれ名を連ねた。
 投手部門では、梶間、鈴木、安田が、防御率3位、5位、9位となった。

78年(
水谷新太郎ヒルトン角富士夫鈴木康二朗梶間健一広岡達郎森昌彦)〜〜〜
 チームは、初優勝。阪急との日本シリーズも制し、日本一に。シーズンMVPは、若松が受賞。打撃部門では、若松、大杉、ヒルトンが、打率2位、4位、8位をそれぞれ記録した。投手部門では、鈴木が、最高勝率賞を獲得。また、防御率では、井原が5位に入った。

◆17 水谷新太郎
ヤクルト(72H〜90)

1297試合 854安打 23本塁打 240打点 146盗塁 打率.250
▽72年ドラフト9位でヤクルト入団。10年以上も、ヤクルトの遊撃手のポジションを守った。球団初の日本一になったときも彼がショートで出場していた。結果として、池山が出てきてからポジションを追われる形となったのかな。本塁打こそ少なかったものの、84年には打率.291を記録するなど、主に2番バッターとして、活躍した。ファミスタでも登場していたが、そっちはいまいちだった。
 06年は2軍の守備走塁コーチとして、若手の育成にあたっている。久保田選手をからかいながら指導している。楽しそうだっけ。07年は、スカウトへ。


78年 bネし(裏面には、1978・日本シリーズ とある)(78年は全てファーストカード)

◆18 ヒルトン
ヤクルト(78〜79)
−阪神(80)
251試合 276安打 38本塁打 128打点 7盗塁 打率.284
ベストナイン1回 オールスター1回

左から
78年 「今年活躍している…」(78年は全てファーストカード)
78年 「早くもVサインを…」(78年は全てファーストカード)
79年 君が選ぶスターは誰だ!

◆19 角富士夫
ヤクルト(75〜94)

1521試合 1196安打 128本塁打 489打点 19盗塁 打率.262
ゴールデングラブ賞1回 オールスター1回
▽長嶋一茂がヤクルトに入団したことで、非常に微妙な立場になった内野手。でも、野村監督時代(90年)には、初の3割バッターに。当時、「何で、角を起用し、長嶋を使わないのか」と、よく、世間が言っていたが、私としては、より打つほうを起用してもらいたいと思っていただけに、当然のことだと思っていた。印象に残る一打は、宮本(元巨人)から9回裏に打った、完封を免れる3ランかな。関根監督時代には、ファーストに普通に投げれば試合終了という場面で、悪送球。巨人に負けたことも。20年間も、ヤクルトのホットコーナーを守った。
 サインは野村監督のコーチ時代に神宮球場横でもらった。05年からは、2軍の
打撃コーチ。


左から
78年 「中盤戦までの…」(78年は全てファーストカード)
79年 君が選ぶスターは誰だ!
79年 4月 第40位

◆20 鈴木康二朗
ヤクルト(73〜82)
−近鉄(83〜86)
414試合 81勝 54敗 52S 防御率3.68
最高勝率1回 最多セーブ2回 月間MVP1回 オールスター3回

左から
78年 「ヤクルト奮起、…」(78年は全てファーストカード)
78年 「ヤクルト投手陣は…」(78年は全てファーストカード)

◆21 梶間健一
ヤクルト(77〜88)

428試合 85勝 151敗 13S 防御率4.01
オールスター5回

左から
78年 「首位巨人を…」(78年は全てファーストカード)
80年 bQ89

22◆広岡達郎
巨人(54〜66)

78年 「53年10月4日神宮球場…」(監督時最初のカード)(ファーストカード)

23◆森昌彦
巨人(55〜74)

78年 「広岡監督の野球論が…」(コーチ時最初のカード)(ファーストカード)

79年(おそらく無し)〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
 前年の日本一から一転、シーズン最下位。個人打撃成績では、若松が8位に食い込むのがやっとだった。

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